社交辞令の気遣いは無用だと思うこと。人に伝える時は気を付けよう

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こうして毎日ブログを書いていたり、ランニングなども詰めて走ってたりなどすると結構「無理するな」とか「根を詰め過ぎるな」とかの労いを受けることが多い。

しかしこうした気遣いは有難く頂戴するものの聞き入れることはまずない。

まあ言ってる方も大部分が社交儀礼で言ってるのだから気にすることはないのだろう。これが「俺の忠告が聞けないのか!?」となれば要注意なのだろうがそれでもまず聞かないだろう。

 

自分がやりたいと思ってやっていることなのである。

ゆえに人から言われてどうこうするものでもないと思っているし、もし疲れたのなら自分の判断で休めば良いだけの話だ。

 

しかし反対の立場になって考えてみれば自分も結構こうした言葉は発していると思う。

要らぬ親切心なのか出過ぎたアドバイスなのかは知らないが、条件反射的に何も考えずに発しているのだろう。

 

他人に対する適度な思いやりや労いは社会を潤滑にさせるためにも必要なことだと思う。

しかしその言葉が本当にその人に対して必要なのかどうかはよくよく考えて発しなければならないと思う。

発する前に一瞬考える。

こういう姿勢が必要になると思う。

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