素朴な疑問。世間ではなぜ政治家を先生と呼ぶのか?

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東京都知事選挙が終わった。
自民党の党則を乗り越えて出馬した小池百合子さんがブッチギリの圧勝で幕を終えた。
まさにフライングと勝負の大先生だ。
今後本領を発揮できるか否かが早急に求められるのでいち早く正念場が訪れるだろうが頑張って欲しいものである。
 
ところで大先生と呼んでみたので、何故政治家達が先生先生と呼ばれるのかについて不思議に思ったので考えてみたい。
先生と言われる職業は我が国では多々存在する。
医者、弁護士、画家、作家、漫画家などの芸術家達、そしてそれこそ教育者の方々。
そんな中に政治家も昔から先生と呼ばれる職業として肩を並べて来た。
 
ある意味非常に日本的な呼称とも言える。
と言うのは自分を基準にして遠い存在の人々を得てして「先生」と呼んでしまうのではないか?と思うからだ。
しかし現状を見て政治家を先生と呼ぶのは非常に違和感を感じる。
特に今回の出直し選挙の原因となった前都知事などを見ているととても先生と呼べるような器ではない様にも思える(元々は大学教授だったのである意味先生なのだろうが)。
政治家なぞ国民の代表であって、よって国民の利益ために働くのが本分であって間違っても先生と崇め奉られる存在ではないと思うのだ。
 
そんな素朴な疑問を持ってちょっと調べてみた。
政治家が先生と呼ばれるようになったのはちゃんとした理由があったのだ。
長くなったのでつづきは次回とする。

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