文章が持つ怖さについて。ペンは力強い武器にもなるし逆に暴力にもなる

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今更ながらネットにおける文章の怖さについて書いてみたい。
文章には良くも悪くも力を持つと思う。
使いようによっては人の気持ちを高揚させたり勇気付けたり、大きな流れを生み出すことも可能だ。
反対に人を傷付け陥れることも容易だと思う。
言う間でもなくネットが発達して誰でもこうしたブログやSNSで時間と距離の制約を取っ払って情報発信やコミュニケーションが簡単に出来るようになった。
 
しかしこうした手軽な発信手段は先に書いたように良い面ばかりではなく、コミュニケーションの行き違いや過剰なやり取りによってトラブルを呼び起こしたり関係に破たんをきたすことも強く念頭に入れておかねばならない。
前提としてSNSでのやり取りは基本的に文字だけのコミュニケーションとなる(カメラでの対面のやり取りなどは除く)。
この文字のやり取りと言うのが曲者で、文字では相手の感情を読み取れないので送り手と受け手の間で大きな差異や誤解が生じる可能性が大きい。
 
つまりとあるコミュニケーションで送り手がつい軽い気持ちで相手を挑発したとしよう。
これが実際に合った中での出来事なら相手の表情などから意図を汲み取ることができる。
しかしSNSでのコミュニケーションの場合、文章がダイレクトに相手に伝わるので受け手は送り手が意図する以上にショックを受けることになる。
 
お願いごとでも良い。
これも書き様によっては受け手は送り手が非常に高飛車な人間だと誤解することもある。
いや、確実に起こり得る。
と言うのは僕自身がそれで数々の失敗をしてきたからだ。
 
顔の見えない相手とのコミュニケーションは多少回りくどいくらいが丁度良いのかも知れない。
私は貴方に敵意はないですよ、冗談ですよと分かって貰うために語尾に(笑)を入れるのはマストだと思う。
僕はかつてこう言うことは見え透いたあざとい手段だと思い、わざと使用せず直接的な言い方をしていたこともあるがとんでもない間違いだった。
 
文章は書き方によって良くも悪くも力を持つ。
出来ればこれからはそれを良い方に使いたいものだ。

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