才能や特技のこと。案外金脈は自分の足元に流れているのかも

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今こうしてブログなどを書いているが僕は元々文章を書くのが苦手だった。
今でも思い出すのは小学生の頃の作文の授業だ。
全く書けずに居残りを命ぜられ無理矢理書き上げた思い出がある。
子供心ながらに書かかれた内容は意味不明だと思いながら書き上げた。
すっかり内容は忘れてしまったが・・・
 
もうひとつの思い出はやはり小学生低学年の頃。
宿題で書いた作文の内容が余りにもひどかったらしく、両親に見られ「書き直せ!」と命ぜられ泣く泣く書き直した思い出だ。
こうして僕の中では作文はトラウマとなり、不得意なものとして認識されてしまった。
僕は心配性なので高校受験の時に作文があるのでその時どうしたもんか?と要らぬ心配までする始末だった。
 
転機が訪れたのは中学3年生の時、国語授業の課題だった修学旅行の思い出を作文にしたところ何と校内文集に載ることになってしまった。
これは僕にとってまさに青天の霹靂で「何で?」と言う疑問が拭えなかった。
 
その後社会に出て議事録や各種書類の作成、レポート、論文など。プライベートでは旅行先での旅の日記帳への走り書きなど何故か高評価を受けることが続いた。
まさかね、と思いながらSNSに時々長文の投稿などもしてそれも受けが良く調子に乗って今こうしてブログを書いている。
 
案外人間特技は自分の足元に隠れて見えないものかも知れない。
僕の場合は文章を書くことなんだろう。長らく絵を描くことだと思っていたが。
文章を書くイコール特技と決めつけてしまうのはある程度年齢を重ねた図々しさで許して欲しい。
この特技がこの先実を結ぶのか枯れるのか分からないが、どう化けるのか自分でも楽しみながらこれからも書き続けて行きたいと思う。
 

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