又吉直樹に刺激を受けて久々に文学作品を読んでみたこと。芥川龍之介編

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又吉直樹の著書「夜を乗り越える」を読んで、文学作品を勧めていたので読んでみることにした。
かの本には文学作品を読むことは自分の心情を追体験することだと書いてあったことが印象的だった。
果たして本当にそんなことが自分の身にも起こるのか?

その時の投稿はこちら

allseasonski.com/archives/2073

中学・高校時代と違って幾分人生経験も積んだ今だからこそ分かる部分もあるのではないか?と思い手に取ったのは芥川龍之介と太宰治の短編集だった。
 
思い込みで太宰は暗いので、沈んでいる時にその暗さに引き寄せられるのが少し怖かったので寓話を題材にした芥川を選んで休日を利用して読み始めた。
いきなり「羅生門」の下人と死体の髪の毛をむしる老婆とのやり取りを読んで想像して暗黒の感情の深淵に沈められる。
 
しかしさすがに近代文学の雄だけあり、散りばめられた言葉で行ったこともない平安時代の荒廃した洛中の様子を読者の脳内に再現させる力量はさすがと思った。
しかし老婆の心情も老婆から衣服を奪い去る下人の心情を分かる訳もなかった。いや、分かりたくないと言うのが正直なところだ。
 
気を取り直して「地獄変」。
忘れた人のために簡単にストーリーを書いておく。
当代一の絵師が主人より地獄図を描けと命じられる。絵の力量は超一流だが性格に問題のある絵師は弟子を縛り上げたり、動物をけしかけたりしてイメージを固めて行く。
ある日主人にどうしても地獄の炎で燃え盛る牛車に乗った貴婦人の阿鼻叫喚の模様がイメージできないので描けないと申し出ると、主人「任せておけ。儂が何とかする」と言い屋敷に罪人を入れた牛車を用意しそれに火を点ける。何と牛車の中の罪人の貴婦人は絵師の娘だったのだ。
読んでいて気持ちが悪くなって来た。
絵師も主人の心情も追体験したくない。これが素直な感想だった。
僕は確かに近代文学を読んでいたはずだ。日野日出志のホラー漫画を読んでいるのではないはずだ。落ち着け落ち着け・・・
 
更に気を取り直してもう一遍。
「秋」と言う短編に取り掛かった。
文学好きで将来小説を出そうかと言う才女と従兄のこれまた文学青年は文学の話でいつも盛り上がるがそれ以上の感情をお互い持っていた。
しかし彼女の妹も文学青年に好意を抱いていることを察知した姉は、あっさりと他の男と結婚する。
数年後姉は妹と文学青年が結婚した新居を訪れる。妹との会話の中で実はまだ文学青年に好意を抱いていることを暗にほのめかし、妹夫婦宅を出る。
 
それだけの話だ。
これだけの中で三者三様の精神的葛藤がこれでもか、これでもかと延々と語られる何とも面倒くさい短編である。
何だこれは?と思わなくもないがちょっと考えてみるとその後の恋愛小説や芝居、映画、トレンディドラマに至るまで延々とこの話が受け継がれているのではないか?
言わば今の恋愛もののひな形なのかも知れない。
そう考えるとさすが近代文学の巨匠と言えるだろう。
 
昔読んだ批評に芥川龍之介の作品は人間の心情や心の機微をまるで銀製のピンセットで弄ぶような作風だと言うようなことが書かれていたことを記憶する。
国語の教科書で接して以来なのでまだよく理解できていないのだが、数編読んで感じたことはこの批評があながち的外れではないと言うことだろうか。
また読み進めて感想を書いてみたい。

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