近代文学の巨匠に触れて。芥川龍之介作品を読んで思い浮かんだことなど

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最近芥川龍之介の作品を読みそのレビューを書くようにしている。
理由は簡単だ。
短編が多いのでレビューし易いからだ(笑)
 
その他に以前レビューした芸人の又吉直樹さんの「夜を乗り越える」を読んで共感したのがやはり大きな要因だろう。
この本で一番印象に残っているのは近代文学は自分と同じような心情を持った登場人物の行動や思いを追体験することだと言う部分だ。
果たして本当にそうなのか?それを確かめてみたく教材として取り組みやすい芥川と太宰治を選んだと言う訳だ。
 
芥川の作品は国内や中国の古典から題材に取っているものが多く初見でも馴染みやすいメリットがある。
また多くの人は中学や高校での国語の授業で接したこともあるだろう。僕もそうだった。
余りに馴染みが深いので見過ごされがちだが、改めて手に取るには良い作家だろうと思ったのだ。
 
読んでみて最初に感じたのは物語にオチがないと言うことだ。
書きっ放しと言う表現がピッタリする。
たった10頁ほどの作品を読み進める中で「一体どう言う着地をするのだろう?」と思い読み進めていると突然物語が終わる。
あれっ!?と思いながら何となく未消化感が拭えない作品が多いように感じた。
 
しかしこれは先に書いたように物語の進行の中で登場人物が何を思い何を感じているのかを追体験すると言う部分にフォーカスすれば感じるものは多いのだろう。
全部は理解できないが、確かにそう言う風に追体験できる部分が確かに存在した。
良くも悪くも人間の心を見事に表現できる芥川の真骨頂なのだろう。
この部分は何度も作品を読み返し理解を深めて行く過程も楽しいと思う。
 
もうひとつはやはり美しい文体と言葉選びだろう。
芥川の文章はすごく平易だ。
しかし簡単な文章を扱って物事を表現するほど困難なことはない。
自分で文章を書いていて感じることだが、何かを表現しようとするとどうしても回りくどい表現になって非常にもどかしく感じることがよくある。
自分の表現力のなさや語彙の少なさを嘆くのだ。
当然較べるべくもないのは承知しているがこういう部分が非常に参考になる。
こう言う文章を目指したいと思うのだ。
 
以前も書いたがある高名な作家だか評論家が芥川を評して「彼の真骨頂は人間の心情を銀のピンセットで弄ぶように文章の中で表現することだ」と読んだことがある。
全て腑に落ちている訳ではないが、その片鱗はわずかながら理解できる。
確かに何気ない日常の中で色々な感情や邪念が去来する。
多くは見過ごされがちなのだが芥川の鋭い目がそれを逃さずに何気ない短編の中に凝縮されている。そんな感じだろうか。
 
これからもまだまだ多くの発見があると思えるので、読了したものを片っ端からレビューし、何度も読んでその真髄を確認したいとの衝動に駆られるのだ。

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