ところや時代が変われば価値観はあっけなく変わると言うこと    

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ちょっと古い話で恐縮だが猫ひろしさんがカンボジアの代表マラソンランナーとしてリオオリンピックに出場したのは周知の通りだろう。
国内では賛否両論甚だしかったが当のカンボジアはどうか?と言えばそこまでのヒートアップ振りはないようだ。
もっと言えばカンボジアではオリンピックにそんなに関心がないそうなのである。
 
と言うことでこちらでは関心が高くても場所が変わればそれほどでもないと言う現象は巷では多々起きていることだ。
価値観などは場所や時代によって大きく変わるものであることを認識しておいた方が良いのだろう。
 
例えば衆道と言われるものがある。
意味は各自で調べて欲しい。戦国時代から明治初期まで連綿と続いてきた伝統らしいが、現代っ子の僕などが想像すると全身に寒気を覚えたりする。
(あくまで個人の価値観や感じ方です。その道の方を否定するものではございません)
女性を見て美人だと思う定義も現代人と昔の人とでの感じ方は違っている。果たして小野小町が現代のミスコンでグランプリをゲットできるだろうか?
現代でも南方では太った女性が美人の象徴である場所もある。そこでは藤原紀〇などはランキング的には下の下、最下層ランクになるのだろう。
 
かように人は環境の動物と言われるように自分の周囲を基準に価値観を構築してしまうものであるが、自分たちが信じて疑わない価値観や物の見方などは意外にあっさりと覆るものだと言うことを認識しなければならないと思う。

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