僕が巡り合ったボクサーな人々①強打を誇る関取ボクサー~太郎のボクシング奮闘記11

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4年間のボクシング経験の中でプロアマ問わず色々なボクサーを見てきた。
通っていたジムはプロジムではないので大半がフィットネス感覚の人々だったが、市民大会を中心に試合出場のハードルも低かったのでそれらを目指す人々も一定割合で存在した。

僕もスパーリング大会出場を目指していたので必然的にそれら選手志向の人々と交流を深めていくのだが、良くも悪くも個性的な面々だった。
忘れられない人が数人いるのでそうした人々を紹介して行こうと思う。

第一弾はジム入門したての時にヤル気のないアップをしていた膝にヒヨコのアップリケを付けたパンツを履いていた人。
そう、いつか締めてやるとタカを括っていた彼である。

実名を出すと怒って殴られても嫌なので仮名で謎の中国人関取、略して関取くんとしておく(※日本人です)。
長身で腹が出た相撲取り体型、いやガタイが良かったのでウェルター級(65~69㎏)を主戦場としていた。
とにかく彼には初心者の頃からよく胸を借りた。
拳を交えた回数は最も多いのではないだろうか。
当時30代半ばの年齢だったが、聞けば高校生の頃からボクシングには関わっており、当時の日本ランカーやチャンピオンともスパーリング経験のあるベテラン練習生だった。

そんな経験で僕のような初心者のスパーリングパートナーをよく買ってくれた。
経験豊富なので相手によって加減が出来るからだ。

よくコーナーで追い詰められた振りをして相手の空振りを誘いガラ空きになった顔面に強烈なブローを叩き込むのを得意としていた。
手数勝負の僕もよくその術中にはまった。

関取くんの武器はその強烈な右ストレートだった。
スパーリングパートナーだけでなく、後年よく彼のミットを持ったが、ボディミットを着けていても右ボディストレートは内臓に響くので受けるのが嫌だった。例えるなら破壊力抜群な大砲と言ったところだろうか。僕もよくその強烈な右ストレートでタコ殴りにされフラフラになったものだ。
そんな彼との練習がその後の自分の成長に大きな影響を与えたことは間違いない。

関取くんのもうひとつの武器は口撃である。
スパーリング前にいかに自分は大きな壁かを相手に伝え意気消沈させるのも得意技としていた。
まぁ要はセコい奴なのだ。

その口撃はボクシングのみならず飲み屋に場所を移しても止むことはなかった。
口では人生の先輩と言いながらかなり失礼なことを連発してくる。
如何に温厚な僕でも本気で切れたことが何度かあったほどだ。
要は要らんこと言いなのだ。
いや、しょうもないこと言いと言った方がピッタリかも知れない。
本人的には弁が立つと思っているところがお笑いだが…

関取くんには確固たる自分のボクシングスタイルがあったので余り他人の意見に耳を傾けることは好きではなかったようだが、その強打を活かすにはやはりコンビネーションブローを憶えた方が良かったとは今でも僕は思っている。

知り合ってから2年くらいはスパーリング大会でもかなりの強敵を破って勝利していたが、その後は噛み合わず負け続けが続いた。
僕の最後の試合となった大会でもボクシング部の大学生の相手をその強烈なパンチでダウン寸前まで追い込みながら後が続かず結局判定負け。
連打を叩き込めばとは今でも思っている。
年齢的に下り坂となって以前のように思い通りにいかないというのも要因のひとつだろう。最後の試合はリング外に吹っ飛ばされて敗戦したと聞いた。
とにかく惜しい。

今は小学生の一人娘にボクシングを指南してると聞く。
なんで?と聞いたら街中には危険がいっぱいなのでいざという時のために仕込んでいるとのことだった。
とことん意味不明なヤツだ。

プライベートでもよく飲みに行った4年間のボクシング生活で忘れられない存在であることには間違いない。

ところで…
最後の試合前に拳を交えたスパーリングでダウンを取られたが…
あれは今でもダウンではないと僕は思ってるのでそれだけは覚えておけ。

(おわり)

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