僕が巡り合ったボクサーな人々②オンとオフで豹変するジキルハイドなHさん~太郎のボクシング奮闘記16

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ボクシングを通じて知り合った忘れられない人シリーズ第2弾はオンとオフの落差が激し過ぎる人を紹介したい。

僕の初戦でセコンドに付いてくれたHさんその人である。

もっと面白いナイスな仮名を思いついたが見る人が見ればすぐ人物を特定できるのでここはHさんで通す。

とにかくこの人、ボクシングをしている時としていない時の落差が激し過ぎる、まるでジキルとハイドのような人物なのだ。

 

ジムで練習していたある日、背後のサンドバッグを猛烈に叩く音にふと気づいた。

見ると丸刈りの男が鬼の形相でサンドバッグを渾身の力で連打している。

打った人には分かるが、サンドバッグを3分間力いっぱい連打するのは相当な体力が必要だ。

すごいなと眺めているうちに3分間をコールするアラームが鳴って30秒のインターバルに入る。

そこでみんな休憩するのだが、その男は止めない。

「オリャーッ!!」や「ドリャーッ!!!」との意味不明な叫び声を上げながらサンドバッグを殴り続ける。

合間にピーピーと言う笛の音のような呼吸音がするのがこれまた不気味だった。

それが10ラウンド続いた。

サンドバッグを終えると持参のペットボトルの水をグラブも外さないままがぶ飲みし、そのままリングに上がってマスボクシングを更に数ラウンド。

相手に当てないスパーリングながらその気迫はまるで鬼気迫るものがあった。

それが終わると間髪入れず数キロのウェイトを両手に持ってリングの上を意味不明の雄叫びを上げながら筋トレなのかシャドウなのか縦横無尽にステップを踏みまくる。

皆なんやこいつ?とも思わず淡々と自分の練習をしている。おそらく慣れているのだろう。

僕は素直に「何やこの危ない奴は?」と若干引きながらリングで踊り狂うそいつを眺めているばかりだった。

 

やがて男は練習を終えたのだろう。

ヒューっと長い息を吐き激しい動きを停止した。

その途端、今までの鬼の形相は姿を消し、ニコニコとした温厚な青年に変身したのだった。

何この人?

 

通っていたジムには公式戦に出た選手の勝敗表が張り出されており、Hさんの名前も張り出されていた。

確か10戦くらいの戦績で2勝しかしていない。

練習内容を見ていても何だか腑に落ちずおかしいなと感じた。

それとも練習で自己陶酔して実戦ではからきしのタイプなんだろうか?

謎は深まるばかりだったが、その理由はすぐに判明した。

 

僕の初戦の後、その大会のラストラウンドはHさんの出番となっていた。

各々の闘いを終えたジムの面々はHさんの応援のためにリングサイドに集まった。

心なしかみんなワクワクしている様子だ何故なんだろう?

試合が始まった。

 

セコンドについてくれていたHさん、ゴングが鳴るや否や猛然と攻撃を開始した。

猛烈な左フックの連打で猛然と相手に襲い掛かって行く。

相手も反撃でワンツーを打つ。

ここで大抵のボクサーはガードを高くして相手の攻撃をブロックする。

これはセオリー通りのディフェンスルーティンだ。

しかしHさんはそんなことはしない。

全て顔面で相手のパンチを受けるのだ。

Hさんの鍛え上げられたクビは相手の強打にもびくともしない。

普段のハードワークのたまものなんだろう。

これをジム内では「Hさんの顔面パリング」と呼んでいた(注:パリング=相手のパンチを腕で払いのけるディフェンス技術のひとつ)。

相手のパンチをバシバシ顔面で受けながら強烈なフックで相手を凌駕するHさんはものすごい迫力だった。

そう言えばこの人がストレートを打つ姿など見たことがなかった。

 

「△※$%ッ!!!」

攻撃に加えて対戦相手に何か言っている。

どうやらパンチに寄る攻撃だけでなく口撃も加えているみたいだ。

何度かそんなことが繰り返された後、レフェリーが試合を止めてHさんに何か注意している。

 

「オマエ、これ以上余計なこと言ったら失格にするからな!」

 

想像だが多分そんなところだろう。

何度か試合は止められたがその後もHさんの猛攻は続き優勢のままで終了のゴングが鳴った。

両者中央に集められて判定を待つ・・・

 

結果は・・・なんと対戦相手の勝利。

Hさんの異様に少ない勝率の理由がよく分かる試合だった。

要はガードはしない、加えて気持ちを入れ込み過ぎてルールを犯してしまいジャッジが相手に流れてしまうのだった。

自分は負けるが対戦相手の方がまるで敗者のようにズタボロ。

彼のファイトはいつもそんな結果らしい。非常に印象的な試合だった。

 

しかしその後の姫路大会では最優秀選手賞を受賞していた。

僕は奥さんの説教を喰らって別の場所にいたので試合が見てなかったのだが、いつも通りの展開で試合開始早々顔面で相手のパンチを受けたHさんに対してレフェリーは即ダウンを取ったらしい。しかしその後はいつもの展開。
最優秀選手になったと言うことは相手に対して暴言も吐かなかったのだろう。
とにかく今回は全てがHさんのペースで噛み合ったに違いない。

そんな話を聞いたが、見逃したのは今でも後悔している。見たかったなぁ・・・

 

・・・

 

それから1~2年経って。

ある休日の昼下がりにジムに行くと、人がまばらなリングの上で雄叫びを上げながら両手に鉄アレイを持って無茶苦茶なステップを踏んでいる練習生がいた。

Hさんか?と思ったが風貌が違う。Hさんは確か坊主に近い豆のような風貌だったがコイツは長髪のセンター分けだ。

さてはHさんに憧れた模倣者なのか?

鉄アレイを持った両腕をブンブン風車の様に振り回すので危ないヤツやなぁと僕は遠巻きに眺めてバンデージを巻いていた。

ウォーッ!!とわめいていたのもやがて収まり、シューッと言う呼吸音と共に男は静かにリングを降りた。

僕は危ないそいつを見ないようにシャドウをしていると背後から「太郎さん」と呼ぶ声がしたので振り向くと果たしてHさんの模倣者ならぬ本人だったのだ。

どうやら髪を伸ばしたようだった(笑)

 

「太郎さんお久しぶりです。僕、今日でここで練習するの最後だったんですよ。実は岡山に転勤になりまして明日赴任するんです。お世話になりました。え?ボクシングですか?向こうにはジムがないので多分もうしないと思います。太郎さん、お世話になりました。お元気でこれからも頑張ってくださいね・・・」

 

最後に交わしたHさんとの会話だった。

後から聞けば某大手電機メーカーでエンジニアをされているようだった。

転勤でボクシングを辞めて赴任先に行ってしまった。

普段は温厚でいつもニコニコして物腰も柔らかいのにひとたびリングに上がると狂犬のように変貌するHさん。

この人のことも死ぬまで決して僕の記憶からなくなることはないだろう。

今どうしているのかなぁ・・・?

 

(おわり)

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