僕が巡り合ったボクサーな人々⑤個性キツ過ぎ!京橋の居酒屋で乱闘寸前になった思い出のトレーナー~太郎のボクシング奮闘記36

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話は少し遡る。

最後の試合に向けて調整している真っ只中のある日。

ジムを訪れると見知らぬ男がバンデージを巻きながら周囲にいた練習生と大声で笑いながら何かを話している。

「誰や、こいつは?」見慣れぬその男を見て僕はそう心の中で思った。「新しい練習生かな?その割には何だか異様に馴染んでるな」

怪訝に感じながら準備を終え、練習をしていると「ちょっとお宅、あ、何てお名前ですか?」「太郎ですけど」「あ~太郎さんね、ここはこうステップして体を入れ替えることを意識して動きましょうよ」と、求めてもないのにアドバイスをくれる。

「何やねん?こいつ」と僕の心の声。

「すんません、どちらさん?」

「あー僕今日から非常勤トレーナーでやって来ました〇〇言いますねん。よろしく~」と言ってそいつはハハハと笑い、自分はかつてプロジムで練習生をしていたこと。本当は大阪のボクシングの名門高であるK高校でボクシングをしたかったが学力が足りなく行けなかったことなどを全く聞きもしないのに勝手に自己紹介してくれるのだった。

「Kに行けなかった?よっぽど勉強嫌いやったんやな」とは勿論言えず、僕はフンフンとちょっと視線を逸らしながら彼の話を聞くともなしに聞いていた。

 

人にはそれぞれの距離感と言うものがある。

僕は親しくもない、ましてや初対面で自分の領域に侵入してくる奴は苦手だ。

それが男なら尚更そうだ。

ボクシングは距離感が重要な競技であるが、ボクシング練習生経験の豊富なそいつはいきなりその距離感を潰して来たのだ。

余程好戦的なのか単に空気を読まない奴なのか僕は判断しかねた。

おまけにけたたましい笑い声が耳に障る。

「余り近づかんとこ・・・」乗りも外見もトニー谷に似たそのトレーナーに対して僕は内心そう決心したのだ。

 

そんな僕の内心に構うこともなく、トニーは周囲にジムの若い子をはべらせて練習方法などをアドバイスしていた。

面白おかしく話すトニーは若い子が合っているのだろう、フレンドリーな様子もまたそれを助長するのかも知れない。

それが本人のものか周囲の若い子のものかは興味ないが彼の周りには笑い声が絶えなかった。

 

トニーは積極的に練習生に付き合ってよくミットを持っていた。

ミット打ちする練習生に声を掛け、アドバイスと同時に気持ちを盛り上げていく、そんな手法の様だった。

傍から見ていると打ち手をよく動かすので、バテないようにとの配慮かも知れない。

でもその熱さが横から見ていて鬱陶しかった。

この頃になると僕はジムではかなりのベテラン練習生になっていた。

そして言葉は悪いが中心的な位置にもいた。

そう言ったこともあり、トレーナーとは言え新参者でましてや経験は僕らと同じく練習生で実績は未知数のトニーに対してナンボのもんじゃい?と思っていたのは事実だ。

とにかく面白くない存在として僕は彼を認識することになった。

それはチーフトレーナーのKも同じだった。

そして何とKが連れてきたプロボクサーからも標的にされており、いつ闇討ちに遭っても仕方のない状況になっていたのだが、果たしてトニーは気付いていたのだろうか?

 

そんな事があって以来僕は彼との接触は避けており、アドバイスも実戦でも手合せすることはなかったのだが、最終調整のスパーリングで首筋を痛めた時、リング脇でアイシングしている時、「太郎さん、もし本番で対戦が当たった時は容赦なくそこを突かせて貰いますからね」と言い切ったものだ。

 

この野郎、上等じゃ・・・

 

内心僕はまるでタバコの不始末の火がコタツ布団の中を燃え広がるように怒りの炎をブスブスと静かに燃やすのだった。

 

体育の日に姫路で行われた試合会場で、僕は減量でフラフラになりながら計量を待っていた。

いや僕らの殆どがそんな状態だったろう。

対戦の組み合わせもなかなか決まらず、空腹と喉の渇きを我慢して僕らはまるで死人のようにロビーで計量の時間を今か今かと待っていた。

その中でひと際騒がしい奴がいる。

そうトニーだ。

彼はトレーナーのくせに何故かその試合にエントリーしていた。

お前コーチちゃうんか?

計量後もM社の大きなハンバーガーを喰らい、皆から白い眼で見られていることも気付かず騒ぐトニー。

挙句の果てには仲間の奥さんが作って来た弁当も平らげる始末。

こうして散々周囲の眼も気にせず傍若無人に振る舞って来たトニーは僕のひとつ前に試合に出て何と勝ってしまうのだった!

世の中悪ははびこるのである!(笑)

 

目標にしていた姫路の試合が終了して数週間後、Kトレーナーの送別会が京橋の居酒屋で執り行われた。

そこには何とKが嫌うトニーの姿もあった。

お酒が進んでみんな訳が分からなくなりかけたその時、ふと横から女子練習生に対して熱くボクシング理論を語る声が聞こえてくる。

トニーだ。

熱さが昂じて段々その女子練習生の練習内容や取組姿勢にまで話題が発展して来ているように感じた。

横で聞くともなしに聞いてる内に段々腹が立ってくるのが分かった。

こいつ、一体何様のつもりやねん?

と思った矢先、

 

「おらぁっ!トニー!お前何様のつもりじゃあっ!」

 

怒りを抑えられずテーブルに仁王立ちになった僕は売られた喧嘩を買ったトニーと真っ向から睨み合うこととなった。

そこは両名とも周囲から羽交い絞めにされて事なきを得たのだが、なぜ彼は他人に対してそこまで言うのか、そして言えるのか?勝ったとは言えお前も俺ら練習生と然程変わらないだろうと言うしこりがつい数年前まで残ることとなった。

つまり決定的に遺恨を残すことになったのだ。

 

ある日トニーはいきなりジムを首になった。

ジムの会長は癖の強い人で、トニーの言動に以前から良く思っていなかったのだろう、いきなりクビを宣告したみたいだった。

僕は人伝手にそれを聞きザマミロと思った。

身から出た錆だ、正義は勝つとも思った。

 

それからしばらくして僕はトニーに対する印象を拭わざるを得なくなって来たのだった。

どうやら僕が思うような人物ではない、そう言った形跡がそこかしこから聞こえるからだ。

ジムをクビになったトニーはボクシング同好会を結成して月数回、市内のジムを借りてボクシングの普及活動を行うようになった。

そこではボクシング初心者や子供たちを中心にボクシングの楽しさを伝えてるようだった。

所属ジムからも顔見知りの練習生も通うようになった。

その連中から彼の話を聞くと熱心に教えている様子が伺える。

人をまとめるのも上手いようだった。

とにかく人が彼に付いて行くようだった。

 

居酒屋での乱闘未遂から約2年経った後、僕は思い切ってトニーに連絡を取ってみた。

そして僕の思い違いを詫びた。

トニーは最初とても驚いていたようだが僕の申し出を受け入れ、彼の同好会に参加することになった。

しばらくして同好会を訪問してトニーの様子を見て、明らかに僕が間違っていたことをはっきりと認識した。

そして彼は本当に強かった!

あの時叩きのめしてやる!と息巻いていたが実際やると僕が叩きのめされていたはずだ。

今となってはやらなくて良かった!と胸をなでおろしている。

今もトニーはボクシングのすそ野を広げるために天王寺と天下茶屋で頑張っている。

(おわり)

天王寺ボクシング同好会の活動はこちら

https://ameblo.jp/tangebox111/entry-12323958130.html

 

 

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