やる事はやった!いよいよ最後のリングへ~太郎のボクシング奮闘記38

広告

前回はこちら

http://allseasonski.com/archives/6177

 

渇きと空腹の一夜を過ごして試合当日の朝を迎えた。

前日は眠れたのだろうか?

当時の記憶は定かじゃないが、多分泥の様に眠ったのだろう。

それまでは恐怖と不安で眠れない事が多かった。

もちろんラストファイトなので、果たして勝てるだろうか?とか不安な気持ちが浮かんでは消えていったが、所詮なるようにしかならないとも思っていた。

まぁやる事は全てやったのだ。

 

家を出る前に自宅の体重計に乗りリミットを越えていない事を確認して会場に向かった。

場所は兵庫県姫路市内の手柄山公園にある体育館だ。

従来は公園の中心部にある市民球場の一角に会場となるボクシングジムがあったのだが、老朽化に伴い球場が取り壊されたので公園から外れた場所にある総合体育館に会場が移されたと聞いていた。

 

山陽電車の手柄駅で降りて、途中で落ち合った関取くんと一緒に徒歩で会場に向かった。

途中いかにもボクシングに出場すると言う風貌の人達を見掛ける。何度か試合に出る中で見た事がある奴もいるので多分そうなのだろう。

それらと微妙な距離を保ちながら会場に向けて歩いた。

手柄山公園は小高い丘に各種スポーツ施設や遊園地が点在している。

必然的に会場へは登り道となるのだが、これが減量で乾き切った身体には非常に堪える。

しかもこの年の会場は手柄山を縦断して更に先にあったのだ。

疲弊した身体を引きずって何とか会場に向かうのだった。

 

やっとの思いで会場に着くと、まだ対戦の組み合わせが決まっていないらしく、計量の予定時間を大幅に過ぎて随分待たされた。

ボクシングの競技人口は少ないので体格や力量を考慮したペアリングが難航しているようだった。

しかしそんな事はこちらには関係がない。

さっさと計量を済ませて一刻も早くこの乾いた身体に水分と栄養を満たさなければと言う思いばかりが頭を巡る。

でも死体さながらロビーのソファで待つしかなかった。

 

到着から1時間は待っただろうか、ペアリングが決まったみたいでやっと計量が始まった。

リミット64㎏に対して63㎏、余裕でクリアした。

やれやれ・・・

しかしやっと土俵に上がれるだけでこれからが本番なのだ。

 

計量が終わるや否や僕は持参したスポーツドリンク3ℓを瞬く間に飲み干した。

生気のゲージがみるみる満タンになって来るのが分かる。

そして買って来たコンビニのサンドイッチと応援に来てくれたカメラ女子が作ってくれたレモンケーキを口にした。

 

一息つくと余裕が生じて周囲の様子が耳に入って来るようになる。

何やら横でけたたましい笑い声が聞こえてくる。

そうトニーだ。

何やら対戦相手に外国人が出場しているようで、一緒に出場する大学生の対戦相手に決まったようで、トニーはけたたましくその事をからかっているようだった。

一同苦々しく聞いているのをよそにエスカレートしたトニーは持参した大きなハンバーガーをこれ見よがしに頬張り、それに飽き足らずこれまた初出場のデューク(注:以前流行った歩き方指南の芸能人そっくりな事による)の愛人の手作弁当にまで手を伸ばす始末・・・

全くの余裕なのか緊張を紛らわせるためなのかよく分からないが、とにかくその傍若無人な無神経さが癪に障った。

 

動けなくなると困るので満腹にする事はできなかったが取敢えず栄養補給を済ませ、自分の出番までたっぷり時間があったので、軽くロープやシャドウをしつつウォーミングアップを開始した。

「軽く」してたつもりだったが、遅れて応援に来てくれた友人が言うには一人黙々とロープを跳び、激しくシャドウをしていたようだ。

ステップを踏みながらワンツーからフック、アッパーとコンビネーションを出してみる。

何だかしっくり来ない。

勝てるかな?そんな雑念が脳裏をよぎる。

やる事は全てやって来た後は出し切るのみと雑念を振り払い再び汗を流した。

 

随分待たされてようやく試合が始まった。

広い会場の奥の方にこれまた5m四方はある広大なリングが設置されていた。

「やばいな・・・」

追い足のない僕には狭いリングでインファイトする方が好都合なのだ。

惜しかった6月のスパー大会の時もアマエリート君をスパーで追い込んだ時も3m四方ほどの狭いリングだった。

自分も逃げ場がなくなるが相手も逃げる事が出来ない、そんな状況を微かに期待していたがこれは苦しくなるかも・・・

そんな事がボンヤリ浮かんでは消えた。

 

そんな事を考えているとウチのジム生の出番となった。

先ずは試合初出場のデューク。僕より年上の当時50歳くらいで、数か月前まで「何で試合なんかに出るの?理解できへん」とのたまってた人物が恋人を引き連れての初陣を迎えた。

 

バキッ!!

 

壮絶な打撃音を辺りに響かせて1R開始のゴング早々デュークはまるで仏壇が倒れるように仰向けに卒倒した。

結局1発もパンチを繰り出す事なくあえなくKO負け。

 

続いて僕が策を練って何とか勝利を収めた旦那練習生の出番が回って来た。

予想に反して彼の相手はトニーが騒いでいた外国人ファイターで、旦那練習生は外国人の強打に3R耐えながらも惜しくも判定負け。

夏休みも返上して練習に明け暮れたのに、強打で鼓膜が破れると言う痛いオマケ付きで彼の夏は終了した。

 

それからジム生の何人かが勝ったり負けたりで、負けの方が圧倒的に多かったのだが、いよいよ僕の出番が近づいて来た。

リング上では先ほどまで騒いでいたトニーがヘロヘロになりながら良い勝負を繰り広げているようだった。

僕はトニーの次だ。

とても見ている余裕はなかった。

セコンドで来てくれたI村さんが僕の肩を入念にマッサージしてくれる。

試合が終了した。

リング上ではどうやらトニーが勝利を飾ったようで、彼は観客に喜びの愛想を振りまいてリングを降りて来た。

いよいよだ。

 

最後にセコンドのI村さんに気合を入れて貰うように頼んだ。

かなり強い衝撃を両頬に受けたはずだが痛くも何ともなく、僕は燃える気持ちを抑えつつリングに上がった。

珍しく対戦相手は僕と同じような背格好だった。

どう攻めよう?

とにかく練習で繰り返したように左のジャブを突いて相手の距離を測りつつけん制して行こう。

相手の出鼻をけん制すれば僕に勝機が訪れるはず。

 

「1回目!」

ゴングと開始のアナウンスがコールされ僕はリング中央にステップを踏んでジャブを繰り出そうとした。

 

バババババッ!!

 

猛烈なパンチが僕を襲った。

両腕で頭部をブロックしたものの衝撃で一瞬意識が遠のくのが分かった。

 

「やばい!このままじゃやられる」

ロープ際に押し込まれていた僕は反射的にそう感じて、左右のフックを繰り出しながらリング中央に押し戻した。

もう何も周囲の声は聞こえない。

脚を止めて左右フック、右アッパーを繰り出す僕がそこにいた。

 

(つづく)

 

広告

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です