自分にとっては大した事でなくても他人は価値があると思う場合もある【思うこと】

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10数年前になりますが、とあるSNSを始めた時の最初の投稿にブログを始めたいと書いた事を最近思い出しました。

でも僕がブログを始めたのは今から3年前で取り掛かるまで約10年かかっています。

 

それはひとえに「僕が書くものなど何の価値もないし、誰も読まないだろう。もし内容が的外れなら恥ずかしいし」と言うものだったと思います。

ブログを思い切って始めたのは閉塞した現状を変えたいから、と言う目的ではあったのですが、それでも何を書けば良いのか?始めた当初は果たしてどんな事を書こうか?思い悩んだものです(ま、これは今でもそうなのですが)。

 

最初に決めたのは思い浮かんだものは自分ではつまらないと思うものであっても取敢えず形にしてみようと言う事でした。

思い浮かんだ事をそのまま文章にする。

それにちなんでブログのタイトルを「思考の垂れ流し」としました。

とにかく大層な事は書かなくても良い(書けない)ので、毎日継続しようと修行のように(笑)連続投稿していました。

 

そうすると不思議なもので数多く投稿する中で1-2本人の心にヒットする物が現れてきます。

自分では出来が悪いなとか何でもないつまらない事書いてしまったなと思っていたポストに存外の反応があったりして驚いた事も何度もありました。

 

つまり人が価値を感じる事と言うのはその人それぞれだと言う事なのです。

ブログではありませんがかつてこんな事もありました。

僕たち夫婦は共働きですが、当時僕の方が帰宅が早かった事もあり、夕食は僕が作っていました。

そこで色々おかずとして通り一遍の煮物などを作っていたのですが、これが僕の友人には非常に評判が良かった(笑)

加えてあいつ(僕)はそんな事(調理)も出来てスゴイ!そんな噂も立って戸惑った事があります。

本人(僕)は素材を煮るか焼くかだけだし味付けと言っても化学調味料と砂糖と塩そして醤油しか使えないので誰でも出来るだろうと思っていたからです。

でも他人にとってはそうではない場合も多々あると言う典型だと思う訳です。

 

今現在自分には何の特技も特徴もないと思っている人でも自分では気づいていないだけなのかも知れません。

だから自分は何も出来ないと躊躇して迷っているものがあるのなら思い切って初めてみるのもひとつの方法ではないでしょうか。

それに人には反復によってスキルアップ出来ると言う素敵な能力も備わっています。

最初は苦手だと思っていた事も決してそのままではありません。

 

それでは今回はこの辺で。

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