気について経験と思うこと3

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この道場で習ったことはとにかく身体を緩めること。そして呼吸は丹田(臍下)を意識して足の裏からゆっくり吸うことだった。
これをこちらでは足芯呼吸と名付けていた。
対気はお互い腕を交差して押し合いをするのだけど、腕力で押さずあくまで気の交流を意識せよとのことだった。
傍で見ているとどうしても腕自慢したいのかインストラクターが押してもびくともしない様子をアピールしたいような人もいたが、そういう人は上達が遅いように思えた。
最初は対気の狂騒を見てドン引きした僕であったが、次第に通う回数を増やして週3回程度通うようになった。
ひとえに 体調不良を治したかったと言うのが大きな理由だが、回数を増やした方が早く体得できるのではないか?と考えたからだ。
半年ほど通ったある日、対気の列に並んでいるとやたら手の甲が温風ヒーターを受けているように暖かいのに気付いた。
どうやらその頃くらいから人が発する気を感じれるようになって来たらしい。
そして僕もその狂騒の仲間入りをすることになるのだが・・・
その教室には一年通ったが仕事が忙しくなって通うのを止めた。
それとは別に嫌だったとか怪しいとかの理由で行かなかったのではない。
体調不良の改善に繋がらなかったからだ。
すぐ結果が欲しい僕はそれでは我慢が出来なかったんだけど、もし 続けていたら何か大きな改善が確認できたかも知れない。
その代り、あれから16,7年経つが今でも身体にその名残が残っている。
つまり人が出す気は感じれるのだ。強い気はまるで温風ヒーターの前にいるような感覚だ。気功師が発散してる場合など一目瞭然で感じる。
人間や生物は未知(?)のエネルギーを発散している。またそれを訓練次第で感じることができるのがわかった。
残念ながら僕はわかるだけでそれをどう利用すれば良いのかわからない。ただ存在して確認できるだけのものなのかも知れない。
それを病気が治るとか運勢が良くなるとか他人の弱みに付け込む輩が多いので眉唾ものとして認識されるのだろう。
ついでにこの道場の擁護をする訳で はないが、本当にここは気を出して感じれるメソッドを生徒さんに教えるだけ。
週一のレッスンで月に一万円(当時)は高いとも感じるが、何も高価な像を買えとか全くないのでそこは安心して良いだろう。
まぁ強引に解釈すれば、僕もこの後すっかりヘビースモーカーを卒業出来、今ではスキーやマラソンをしたりと当時から身体的な状況も大きく様変わりした。
これのお蔭とは言わないが、何かのきっかけにはなったのかも知れない。
ともかく人体には未発見の不思議な現象があることを垣間見れただけでも貴重な体験であったのではないだろうかと思う。
(了)

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