師匠は持つが心酔はしない。あくまでその道のプロとして教えを乞う存在が師匠だ

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有難いことに僕には複数の分野で師匠がいる。

今はスキー、ブログだろうか。

師匠から技術や知識を学んで、不明な点を確認し出来なかったことが出来るようになってくるのは本当に有難い。

 

さすがその道のエキスパート、技術に通じたそのライフスタイルや思想なども非常に参考になる。

僕にとってのその道の師匠の存在はとても有難いものだ。

 

ただあくまでその道の師匠であって、師匠に全てを委ねると言う考えからは僕は距離を取っている(今の師匠達は重いから止めてくれと言いそうだが)

師匠がこう言ってるから取敢えずこうしようか、と考えるのは自分で考え上達することの放棄を意味していると思うからだ。

 

またその技術修得を目指すがゆえに師匠と弟子、あなた教える人わたし教わって何でも言うこと聞く人と言うのもちょっと違う気がする。

そういう考え方は非常に危険だと思う。

 

とは言うものの僕にも色々と理想に燃えていた頃はそんなこともあった。

師匠の言うことが全て、あとはクソカスみたいな時期が・・・

 

僕のようにひとつ目指せばそれだけしか見えない人間にとって教えを請う師匠的存在の人物は薬にも毒にもなるということだ。

だから今は自分が修得したいと思うことについては真剣に取り組み吸収したいと思うが、それ以外は何ら心酔することもなく普通にお付き合いすると言うのが今の僕のスタンスかな。

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