バカ優しさも大概にしないといけないと思うこと。好きでも嫌いでもない第3のカテゴリーそれは興味のない人

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自分の振り返りと言うか反省だが人付き合いにおいてどうしても関心が持てない人が生じるところがあり、自分は何と薄情な人間なんだとか自己嫌悪に陥ることがある。

出会う人には当然自分と合う人合わない人が生じる。
これは仕方のないことだ。
出会う人みんな良い人で尊敬すると言うような聖人君子のようなことは僕は口が裂けても言わない。
ただ僕は人間関係の中で人は好きか嫌いかしか存在しなかったように思える。

これはどういうことかと言うと、好き嫌いどちらにせよ対象の人に拘っていると言うことだ。
これは非常にしんどい。
なぜならいつも気にかかるからだ。

ではどうするか?

第3のカテゴリー「関心のない人」である。

これには長らく気付きながらも存在を無視していたように思える。

薄情な言い方かも知れないがこう言う人は必ず存在する。

知り合いだが存在感を意識しない人、それが「関心のない人」と言うことだ。
同じく僕のことも知り合いだが関心がないと思っている人は必ず存在する。
いくら腹を立てても相手の感情だからこれは仕方のないことだ。

そういう場合はアピールするだけ無駄。諦めれば良いだけの話だ。

そしてこのカテゴリーがなければいつも人に対して良くも悪くも気を遣わねばならない。

なぜならいつも気にかかるからだ。これでは気疲れしてしまう。

僕はバカ正直と言おうか関わるちょっとした知り合いにもいつも関心を示していたように思う。
バカ正直を通り越してバカ優しさ、バカ八方美人と言うところだろうか。

人との関わり合いのなかで「関心のない人」と言う緩衝材は必要だと思う。
01か、白か黒かで割り切れないグレーゾーンは人間関係においても絶対必要だと思うからだ。

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