書評の書き方などについて。書きたいと思った時点で実は既に完成していると思うこと。

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先程大きな書評をひとつ書き上げた。

書評やレポートを書くと情報収集の段階から果たして書こうとしていることは本当に完成するのか?どうまとめようか??とこの先のことを思うと憂うつな思いを抱えることがよくある。

多分これを読んでいる方もそう言った思いを感じた方は多いのではないだろうか。

 

しかし建材意識ではそう感じていたとしても、情報は理解できた出来ないに関わらず既に脳内にインプットされているのだと最近特に思えるようになってきた。

ひとつにはレゾナンスリーディングを知ったことが大きい。

もちろん僕はこの読書法をまだまだ使いこなしているとは言えないが、レゾナンスリーディングの解説にもあるように情報と言うものは一旦目にした瞬間からそれは脳内に確実に定着すると言うことに僕は確信めいた同意をすることが出来たからだ。

 

勿論明確な根拠がある訳ではない。

しかしこの読書に限らず、他の読書法においても同様のことは言われているのでおそらくそれは真実なのだろう。

それにもっと自分の潜在能力を信じて見ようじゃないかと言う気持ちもある。

 

僕は特段優秀な頭脳を持っている訳ではないが、そんなに落ち込むほど程度の悪い頭脳を持っている訳でもない。

使えば使うほどその能力を遺憾なく発揮してくれるものと信じている。

そう考えるとまだまだ可能性が感じられて楽しみではないか?

 

たかが本のまとめである。

書評を書こうと思った時点でもう完成したのと同然だ。

感じたこと、これは伝えたいと思うことを使えば程度の良いこの脳みそを駆使して面白いものを書いて行きたいなと思う。

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