素朴な疑問。世間ではなぜ政治家のことを先生と呼ぶのか?③

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政治家をを先生と呼ぶ慣習は明治時代の政治家が今とは違い資産家で篤志家の一面も備えていることに由来していることが分かった。

前回はこちら

allseasonski.com/archives/2247

では今の政治家達はどのような気持ちでこの「先生」と言うワードに接しているのか?

因みに僕の体験を少し述べると、かつて世界的規模のボランティア団体に所属していた時、当然そこには政治家や議員の方もメンバーにいたのですがその呼び名はやはり「…先生」と呼んでいた。
僕ら一般人が議員の方を先生と呼ぶことのみならず議員同士でもだ。

話を戻して。このことについては今回の都知事辞任騒動~都知事選でずっと問題提起をされていた都議員のおときた駿氏が自身のブログに書かれていたので紹介したい。

要約すると、現在では自分のことを敢えて先生と呼ばれるのを嫌う議員も多数存在する(当然そうでない人も存在する)。それは先に書いたように国民の代表としてなので「先生」と呼ばれる存在ではないからだ。しかし議員を指して先生と呼ぶのは便宜上だとも言えるらしい。
すなわち一人一人名前を覚えるのが大変で多少忘れても先生で事足りるからだそうだ(笑)
ましてや改選されるとまた一から覚え直しでその労力を考えると「先生」とは非常に便利な呼称とのことで、なるほどと納得するものだった。

威厳や尊敬の意味を込めてじゃなく(もちろんそれもあるだろうが)失礼のない便利な単語として使い回されていると言うことだ。

今回の都知事選に絡んでふと政治家が何故先生と呼ばれる存在なのか?
最近は不祥事や横領などとても先生の風上にも置けないことばかりの話しか見聞きしないので素朴な疑問として紐解いてみたがこう言うことだった。

おそらく昔の政治家は富国強兵もさることながら後々の人材を育てることも視野に入れた志の高い人物が多かったのだろう。
今や政治家は尊敬されずなりたくない職業の一角をなしているのだと思うが、政治家がいなければ国家も成り立たない。
政治家の皆さんには是非このことをしっかり胸に刻んで貰い、もう一度尊敬の意を込めて「先生」と呼ばれる存在になっていただきたい。

(了)

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