黒澤明監督晩年の作品「夢」のレビュー。
概要
1990年日米合作
監督:黒澤明
出演:寺尾聡、いかりや長介、原田美枝子、倍賞美津子、マーチン・スコセッシ 他
映像協力:ILM(ジョージ・ルーカス)
ストーリー&レビュー
かつて黒澤明が見た夢について「日照り雨」「桃畑」「雪あらし」「トンネル」「鴉」「赤富士」「鬼哭」「水車のある村」の8編からなるオムニバス。
幼い少年に時には中年に姿を変えそれぞれの目線でその夢を追体験し ていく。内容はメルヘンありパニックありのファンタジーだが、人間が築き上げた文明への警告や皮肉が分かりやすく込められていることを感じるだろう。
人間はもっと自然や環境に対してもっと謙虚になれ。そう訴えているように感じる。
この作品は黒沢作品には珍しい特撮を多用した作品だ。それら特殊効果はジョージ・ルーカスのILMが担っており流石のクオリティを醸し出している。
簡単に8編のストーリーを紹介しよう。
「日照り雨」
晴れ間の雨の時は狐の嫁入りが行われる。人間は見てはいけないその光景、興味本位で覗いた少年が狐にそれがばれてしまう。母親にたしなめられて少年は意を決して一人狐の里に詫びに行く。
「桃畑」
桃の節句に集まる姉の友人達の中に見知らぬ少女が紛れていた。聞けば彼女は都合で切り倒された裏山の桃の木の精で、少年を裏山に導き自分達の最後の桃の節句を披露する。
「雪あらし」
雪山で遭難する登山隊、ベースキャンプを目指すうちに一人二人と厳寒に倒れていく。そこには夢か幻か美しい雪女が隊員達を諦めの境地、死の世界に引きずり込もうとするのだった・・・
「トンネル」
戦死した部下達の郷里を訪ね歩く一人の将校。夕暮れ時とある山里のトンネルの出口で軍靴の響きを聞く。戦死した部下達がまだ彼の命令を心待ちにしていたのだ。「お前たちは死んだのだ。頼む、このまま安らかに眠ってくれ!!」悲しくも悲痛な上司と部下の やりとり。
「鴉」
美術館でゴッホの絵に食い入る男。すると絵の中の人物が動いている。そのまま絵の中に入って追いかけていくとそれはゴッホ本人だった。ゴッホの名作の中で男とゴッホの会話が続く。
「赤富士」
富士山が爆発し麓の原発から放射能が漏れだした。科学技術によって放射能は着色され、まもなく沿岸部まで押し寄せて来る。背後は海、男は座して死を待つか海に飛び込むか究極の選択を迫られる。
「鬼哭」
かつて放射能事故の影響で辺りは死の世界。人間はかろうじて生き延びたものの頭に角が生えお互い共食いする醜い存在に変わり果てていた。男はある鬼から切々と人間が犯した罪について話を聞く。
「水車のある村」
男は水車小屋が立ち並ぶ清流が流れる村を歩いていた。水車小屋の脇で飾りつけの準備をしている老人と話をすると葬式の準備をしているのだと言う。この村では葬式は悲しむことではないのだ。
印象深いのは「鴉」での男(寺尾聡)とゴッホ(マーチン・スコセッシ)との会話。
男が「貴方は何を描いているのですか?」との問いにゴッホは「目の前の全てだ。何を聞くのだ?ただ描くだけだ」。
傍から見れば狂人にしか見えなかった画家の心情を見事に吐露させる。この気持ちは何となく理解できるようでとても印象に残っているのだ。
「赤富士」「鬼哭」「水車の ある村」は連作だろう。
「死」をテーマに様々な局面にスポットを当てて表現を変えて見せる。男(寺尾聡)を狂言回しにして地獄から極楽への道筋を示しているのだと思う。
一貫して語られるのは自然を敬い人間よ驕るな!と言うことだろう。
それが時には美しく、恐ろしく様々な映像手法で語られる黒澤明の晩年の傑作だと思う。
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