今更ながらですが留守電に残った自分の声を聞いてこりゃイカンと危機感を抱いたこと

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自分の声を聞いた時、自分の耳に聞こえるものと録音した自分の声が全く違うことに驚愕を受けて居ても立ってもいられず悶々とした恥ずかしさを感じた人は多いだろう。

これは殆どの人がそう感じるのではないだろうか?
客観的に自分の声を聞いて「あぁ、美しい(カッコいい)声だなぁ」とウットリする奴は余程の自分大好き人間に違いない。
僕などは最近でこそ何とか自分の声を受け入れられるようになったけど、出来れば聞きたくないと言うのが正直なところだ。
 
僕は滑舌が悪い。
語尾がはっきりしないのだ。だから自分で言ったことがよく相手に伝わらないことがあって恥ずかしさと気まずさを感じることが多かった。
そしてもうひとつ致命的な欠陥がある。
それは暗いと言うことだ。
 
自分の耳で聞こえるのと客観的に聞くのとでは自分の声が違うように、声のトーンも実は違うみたいだ。
ちょっと逸れるが昔から僕は他人から要らぬ誤解を受けることが多かった。
つまり、何気なくボ~ッと人を眺めていると相手がギクッとする時が時々ある。
どうやら喧嘩を売っていると誤解されたようだ。
自分の意識と他人の受け取り方にギャップが生じるようだ。
 
そして声(発声)なのだが、先日自宅の留守電が溜まっていたので消去していた時「もしもし・・・」と言うガラの悪いドスが効いたオヤジの声が聞こえてきたので一瞬ギクッとしたのだが、誰あろう僕本人だったのだ・・・
 
社会人ン十年経過してこれはマズイ。
僕が思う以上にきっと余計な誤解が生じてきたはずだ。
これについては自宅に留守電を入れた記憶はある。その時は努めて明るく言ったはずだったのに。
もっとハイオクターブにしなければいけないと言うことだろうか・・・
 
たかが声であるが、なかなか自分では意識しにくいし修正も難しい。
余計な誤解を生まぬように胸に「私は貴方に敵意はありません」とでもカードでもぶら下げておこうか・・・

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