誰も誉めてくれなくても自分で自分を誉めて気持ちを奮い立たせること

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最近ようやくこのブログも読んで下さる方がチラホラと増えて来、楽しみに読んでますとのお言葉を頂くようにもなって来た。

とても嬉しいことだ。
だがこのブログの最大の読者は自分であろうと僕は思っている。
 
ブログを初めて間もない頃、誰に読まれるとも分からず読者さえいるかすら分からない頃から絶対に僕はこのブログを多くの人に読まれるものになることを信じて書いてきた。
時にはけなされることもあったのだが、そんなことも意に介せず書き綴って来た自負はある。これからもそうだし、そうし続けるだろう。
 
昔テレビでファッションデザイナーの山本寛斎氏がインタビュー番組に出ていたことを思い出す。
寛斎氏は世界的に有名なデザイナーだが下積時代は全く評価されず、ファッション雑誌「装苑」に作品を出展するも落選続き、自分がデザインした服を着て街中を歩けば後ろ指を指される日々だったと言う。
彼が認められたのはその服でロンドンを歩いた時だと言っていた。国内と視線が全く違っていたとのことだ。
 
しかし今言いたいのはその部分ではなく全く評価されていなかった頃、寛斎氏は独り夜の公園で自分の服を着て「格好良い!」とか「クールだ!」とか自分に向かって叫んでいたそうである。
自分が自分の応援団となっていたのだ。つまり自分を信じると言うことだろう。
 
僕と山本寛斎、才能が全く違うやないか!と言う意見はもっともだと思う。
しかし自分の作品を自分が信じることは才能のあるなしは全く関係ないと思っている。
人は自分の作品を他人から悪い評価を下されると多少なりとも気分を害したり、非難する相手に抗ったりするものだが、どちらにせよ自分の弱さを露呈しているのではないだろうか。
そんなものは流して放っておけば良いのである。
 
作品は自分から出て来たものだ。自分が認めていることが一番大切だと思うのだ。

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