映画評「グラントリノ」(2008年、米国)

広告

IMG_2466

グラントリノ(2008年公開)はクリント・イーストウッド監督主演の映画だ。
イーストウッド最後の主演作として話題にもなった。

妻に先立たれた退役軍人で元自動車工の主人公と隣に越してきたアジアの少数民族との少年との関わり合いを主軸にして現代のアメリカが抱える人種問題などの病巣部も描く物語だ。

老人と異民族の少年との心温まるストーリーを期待して観たのだが、そこは人間の内面をえぐり出すことに長けたイーストウッド作品、一筋縄にはいかない。

主人公ウォルトが住むかつてフォードの自動車工場で栄えた街は今では治安も悪く荒廃した街として描かれている。
そこに異民族モン族の隣人が移り住み、ギャングの従兄弟にそそのかされて、気弱な少年タオがウォルトの保有するビンテージカー「グラントリノ」を盗みに来るのが発端で少年とその家族との交流が始まる。

人嫌いな上に欧米人特有の差別意識の強いウォルトの心の変化がタオや家族との交流を通じて不器用ながらもほぐれて来る様子が見事に描かれる。

タオもウォルトに友情を感じ、次第に言動に自信を持ち始める。
そんな中ウォルトは自分の体調の悪化を発見し先が長くない事を悟る。

気掛かりなのはタオにまとわりつく同じくモン族のギャング集団だ。
これを何とかしないとタオの将来はないと案ずるウォルトはある決心をする…

タオやモン族の家族との交流を通じて変化するウォルトの心境、戦場で犯した殺人が深く自分を責め続けていたこと、そしてそれが頑なまでの意固地さとして現れていたこと、移民と経済格差が生み出す現代アメリカの暗部、衝撃のラストなど。

決して爽快感はない。むしろ後味の悪さを感じる人もいると思うが、主人公・少年両方の心境の変化を社会問題を巧みに織り交ぜながら見事に表現した作品と言えるだろう。

広告

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です