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旦那練習生とのスパーリングへの決め手も見出せないまま前日の練習を迎えた。
ああすれば?いやこうか?と対戦へのシミュレーションを散々やってみるけど、どうにもしっくりとした回答が浮かんでこない。
戦術をあれこれ考えながらマススパーをすることになった。
この日はKトレーナーが呼んできたプロボクサーとマススパーをすることになった。
最近Sウェルター級の東洋太平洋王者になった彼は僕を遥かに上回る長身で、実力は勿論言うに及ばず体格的にも非常にやり難い相手だった。
それは直撃をしないマススパーでも同じで、僕は彼の突進をさばくのに難儀することになった。
「おい、太郎さん!入られてからさばこうとしてもダメダメ!、まず相手を入らせないようにしないと」と言ってKは相手が距離を詰めようとして来た時に両腕を前に広げてブロックするディフェンス方法を伝授してくれた。
形はウルトラマンが空を飛ぶ時、両腕を広げる感じ、一瞬腕をこうして広げることで、一時的に相手の突進を止めることができる。
僕らは交代でそれを何度も復習した。
ジムワークはこうして終わったのだが、スパーリング対策はまだ出来ていなかった。
どうしようか?と帰宅して自宅でSNSを眺めていると、旦那練習生の投稿が目に入った。
明日は待ちに待った中年の星とのスパーリングです。と言うようなことが書いてあった。
良いよな上り調子の奴は。こっちは追掛けられる立場で人知れずプレッシャー掛かってると言うのに。とは思いながら眺めているとある一文が目に留まった。
それは・・・
「明日はきっと壮絶な殴り合いになると思います。負けないように前に進まないと・・・」
・・・
そうか、僕が突進してインファイトして来ると思っているのか、これを逆手に取ってみるか。
ちなみに僕は彼が思っているように典型的なインファイターだ。
それはジムのみんなも周知の事実で明日のスパーもきっとそう言う展開になるだろうと思っているに違いない。
これに賭けてみよう。
・・・
当日ジムに向かうと旦那練習生が僕の到着を待ってくれていた。
今から始まる壮絶なファイトを期待して何とかやり込めてやると思っているに違いない。
緊張とアドレナリンが同時に湧き出るひと時だ。
両者リング中央でグラブを合せてスパーリングが始まった。
コーナーから再び中央に出て行き一発目の拳を交錯させる。
旦那練習生が足早に向かって来てジャブを打とうと距離を詰める。
僕も負けじと距離を詰めてパンチを出す。
展開を裏切って僕は両腕をバッと広げて旦那練習生の突進を止めた。
相手は一瞬何が起こったんだろう?とタイミングを外されて面食らったのを確認した。
一瞬の隙を僕は突いたのだ。
突進が止まってがら空きになった顔面にジャブからワンツーを叩きこむ。
綺麗に決まった。
ボクシングはタイミングが大切だ。
一度流れを掴んだ方は勢いに乗れるし、相手のペースに巻き込まれた方はなかなか挽回するのは難しい。
僕は自分のペースでスパーリングを進めることが出来た。
相手は何とか立て直して攻撃をしようと試みるが僕のガードで自分の距離を作れない。
一瞬の判断が必要とされる状況で何故入れないのかを理解して対処するのは僕らレベルのボクサーでは無理だろう。
気を抜いた訳ではないが、途中から僕はリラックスしてスパーリングを楽しむことが出来た。
自分のパンチは決まる、相手は自分の射程に入れない、殆ど相手のパンチを貰うこともなく有利に展開して2ラウンドのスパーリングは終了した。
・・・
物事は何でも絶対に負けてはいけない場面がある。
それでその後の流れが大きく変わってしまうこともあるからだ。
僕の場合はこのスパーリングだった。
そして僕はその課題を自分の手で乗り切ることが出来た。
今思い返しても5年のボクシング経験において、これほど考え抜いて臨んだことはない。
この後僕は実戦でようやくやって行ける自信めいたものが生まれたと言って良いだろう。
・・・
この時から2年程経って、つまりボクシングから足を洗ってから旦那練習生にはこの時の戦術の種明かしをした。
その時はお互いもうボクシングからは遠のいて笑い話として受け止めたと思うがその時分は内心は随分悔しかったのだろう。
その心中は察して余りあるものだと思うが、しかし勝負とは相手を出し抜くことでもある。
僕もこの後も随分苦い目にも遭ったりした。
ひとつの山を越えればまた違う山が立ちはだかる。
勝負とはそう言うものではないだろうか。
(つづく)
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