書評「新インナーゲーム」 W.T.ガルウェイ著 後藤新弥訳・構成(日刊スポーツ出版社 刊)

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書評「新インナーゲーム」 W.T.ガルウェイ著 後藤新弥訳・構成(日刊スポーツ出版社 刊)

テニスを題材にしているが、他のスポーツやビジネスにも応用できるメンタルコントロールの入門書である。
早速中身を見て行こう。
自分の中には2つの自分がいる。
セルフ1とセルフ2だ。
セルフ1は自我でセルフ2は自身(自分の本質)と分けられる。
セルフ2は体験によって全てを備えているがセルフ1はセルフ2に対して事あるごとに干渉を行う。
すなわちテニスで言えば、セルフ2は視覚やプレーヤー自身の体験によってテニスの動作の情報は全て完備しているにも関わらず、
セルフ1が 「もっと手を前に出せ」とか「早く振り抜いて」などセルフ2に対して命令することだ。
セルフ1の干渉が大きければ大きいほどプレーヤーが本来持っている能力は発揮できなくなる。
セルフ1の暴走は果てしなく、次第に人間性そのものの否定にまで発展するので本来の能力を発揮するにはセルフ1の活動を抑えるように心掛けねばならない。
それにはどうすればいいのか?
セルフ2に任せること、信頼することが大切になってくる。
テニスに関して言うとセルフ2には他人の動きを見たり、自分が体験したりしてイメージが蓄積されているので、それを用いることが習得への方法となる。
そのためにはセルフ1によって行われてい た命令を依頼に変える必要がある。セルフ2に尊敬の念を持つことである。
求める結果をセルフ2に依頼して極力セルフ1を排除して動作に集中する。結果に一喜一憂せずひたすらセルフ2を信頼するようにする。
すると今まで良いショットを打ちたいとか相手に勝ちたいと言うような外的な欲求から競技を自分の内面に集中させる手段として認識を変え始める。
対戦者や克服すべき難しい状況は自分に内在する真の能力を伸ばす重要な材料だと認識し出す。
これがインナーゲーム、自己探求の始まりとなる。

感想

この本は世間では隠れた名著らしく非常に愛読者も多いのだが、自分にとっては分かりにくい。
いや、書い ている内容はよく分かるのだが、それをセルフ2に任せ切るプロセスをどのように実感するのか?がよく分からない。
文中にも必ずしも確実なセルフ2主導の境地に至る方法を述べてはいない。
知識として言うならば、ここに書かれているセルフ1、セルフ2は自己覚醒(悟り)された人々が言われていることと同義である。
セルフ1は自我、セルフ2は本書では肉体や神経を全て司るものと表現しているが真我のことである。
自我が崩壊した時、真我が現れると言う部分もわずかであるが巻末に著者自身の経験で述べられている。
僕が思うに覚醒(悟り)に至る道がメソッド化できないように、インナーゲームで書かれている内容も本書の手順通りにすればそこに至るもので はないと思う。
しかしインナーゲームの境地が覚醒と同じだとするのなら、それはいずれ誰にでも訪れる境地だと思う。
そのプロセス自体がインナーゲームと言う自己探求であるということか。

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