前回はこちら
https://allseasonski.com/archives/5713
「右ストレート!はい、2発!」Kが構える円盤型のドラムミットに向かってパンチを2発づつ放つ。
左右のストレートパンチ、左右アッパー、ボディと3分間2発づつ力を込めて叩きつけるのは減量が進んだ身体にとっては至難の技だ。
体育の日に姫路で開催されるスパーリング大会まで約1ケ月となった頃だろうか。
階級は64㎏リミットのライトウェルター級での出場を目指して身体を絞っていた。
普段75㎏近くある体重はこの頃やっと70㎏を切った辺りだったろうか、ウェイトの減少と共にみるみるスタミナも無くなるのが実感される。
ブザーが鳴って2ラウンドのミット打ちが終了した。
「体力ないなー、もっと強く打ち込まないと」とKトレーナー。
「分かってる、そんな事わかっとるわい!身体が言う事効かへんのじゃ!!」
と面と向かっては怖いので心の中で悪態をつきながら次は30分連続でロープを跳ぶ。
「何でこの歳(当時45歳)になって怒られながらこんな辛いことせなアカンねん?」
スパーリングも数多くこなして行った。
Kの指導のおかげで実力アップは実感し始めたものの毎度上手く行く訳はなく、ある時は調子良くこれだ!と思えば、次はズタボロに負けると言う繰り返し。
スパーが終わると毎度鼻血まみれになっていることも多かった。
酷くはないが後から仲間に症状を聞くと、どうやら鼻骨も折れていたようだった。
でもこれで機会を失うのも怖かったので黙って練習し続けた。
こんなところでケチがついてたまるものかと・・・
しかしボクシング業界に太い人脈を持つKのおかげで通常であれば手合せの出来ないようなプロボクサーの胸を借りる事が出来たので、非常に密度の濃い練習が出来た。
この頃僕はジムを掛け持ちしていた。
ボクサーのジム掛け持ちはご法度なのだが、Kの前にトレーナーを務めていたOが東大阪にジムを開いたので、会長の許可を得て並行してそちらでも練習していた。
そこではOに習った所属ジムの練習生も数人通っており、そんな中で懇意にしていた学生時代アマチュアボクシングで活躍し、社会人になっても選手権でメダリストとなった同階級のボクサーと頻繁にスパーを繰り返していた。
大阪大学でボクシングをしていた超高学歴ボクサーの彼とは体格(但し私の減量時)も階級も同じだったので、彼をベンチマークして練習をしていた経緯がある。とにかく頭が良いので、ボクシングの組み立ても理詰めと言うかなかかな堅牢で、特にリズム良く上下へのパンチの打ち分けなどは非常に参考にさせて貰った。
そしてこれまでにも何度も胸を借りてはボコボコにやられる、そんな間柄ではあった。
そして場所をOトレーナーのジムに代えても彼にはよく胸を借りていたのだ。
本番が更に近づいてきた頃、更にウェイトも落ちた僕はOのジムでその高学歴ボクサーとスパーを繰り広げていた。
身体は疲れていたが、僕は必死に彼を追っていた。
ここのジムはリングが狭く、それが逆にファイター型の僕のボクシングスタイルに妙にマッチしていた。
コーナーに追い詰めワンツーを打ち込み始めた時リング外から
「もっと脇締めろ!」と声が飛んで来た。
余談になるが、ボクシングのストレートパンチは脇を締めて放つものだ。
つまり正面から見て前腕部が垂直に立っている状態である。
時々TVドラマなどで格闘技のシーンなどを見ることがあるが、腕がカタカナのハの字になっているのを見掛ける事があるが、一体誰が指導したのだろう?と思う。
人間、何も考えずに真っ直ぐにパンチを出そうと思えば脇が空き外から回し込むフック系のパンチとなる。
すなわちストレートパンチとは最短距離で相手に到着する人工的な打撃方法だ。
それに前腕部を立てた方が顔面や脇腹の急所を防御できる。
攻防とも非常に理に適ったスタイルと言える。
そう言った打撃技術を用いてベルトラインより上半身の身体の前面のみを攻撃する格闘技がボクシングなのだ。
その声を合図に僕は脇をギュッと締めパンパンパーンと見事に高学歴君の顔面にストレートが3発決まり、相手の顎がのけぞった。
出来た、やっとストレートパンチの打ち方をマスター出来た。
やって来たことがやっと実を結んで来たことを僕は実感していた。
これで勝てる、きっと勝てる・・・
(つづく)
コメントを残す