壮絶な殴り合いの果てにラストファイトの行方は?~太郎のボクシング奮闘記39

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https://allseasonski.com/archives/6323

 

足を止めてリング中央で派手な殴り合いをした第1ラウンドが終わった。

打ち負けちゃいけない!ただそれだけを思いセコンドはもちろん、リングサイドの応援席からの声援も聞こえず僕は完全に頭に血が上っていた。

 

コーナーの椅子に腰掛けるとメインセコンドのK光さんがトランクスのベルト部分を引っ張って呼吸を整えてくれる。

たった2分動いただけなのに噴き出した汗が滝のように流れ落ちる。

呼吸を整えながら僕は若干打ち負けてるんじゃないか?そんな事が脳裏をよぎり焦りを感じていた。

 

「ちょっと打ち負けてるかな?」

K光さんは有利だとも不利だとも明言を避けて黙々と僕の回復に集中している。

この期に及んで何を考えてるんだ!

弱気を振り切ってリングに出て行く。

 

アマチュアボクシングの試合は2ラウンドか3ラウンドで行われる。

僕らが出場できる市民大会レベルでは大抵3分2ラウンド制だ。

この大会では3ラウンドだったが、1ラウンドは2分に設定されていた。

アマチュアの試合は余程巧者でなければ1ラウンドを様子見でと言う訳にはいかない。

ラウンド数が少ないので必然的に手数勝負となるのだ、

僕の場合も相手の猛攻を受けながらもガードを固めて様子を見るべきだった。

しかしポイントで負けている、その焦りが練習で作って来た動きを封じてしまう事になった。

 

 

第2ラウンド

やはりいきなり相手の猛攻を受けてまたもやリング中央で足を止めて殴り合いに陥る。

距離が近いので腕が伸びずワンツーが使えないので左右のフックで顔面を狙うが、両腕のガードに遮られ決定打にならず。

ただお互いダメージと疲労が蓄積して行く消耗戦の様相となった。

試しにアッパーを出してみた。

そう言えば何日か前にTVで見たフロイド・メイウェザーの試合で彼がそんな事をやっていたな・・・

メイウェザーは上手く相手との距離を殺して巧みに左右のショートアッパーを叩き込み相手にダメージを与えていた。

それを思い出し、朦朧とする意識の中で咄嗟に出してみた。

一発相手のアゴを捉えた感触があり、周囲の声援は全く聞こえなかったが「ナイスアッパー!」と言うこの声援だけは聞こえた。

至近距離で伸びるパンチが使えないので左右のフックを出していたのだが、単調な攻撃では相手も慣れるので、この一撃はリズムを変える意味でも有効だったのだろう。

ただ決定打にはならなかった。

猛トレーニングのお蔭か手数だけは圧倒的に多かったらしい。

これは応援で観戦していたジムメイトが後日言ってくれた言葉だ。

またもや壮絶な殴り合いの果てに第2ラウンドも終了した。

 

第3ラウンド

残りは1ラウンドしかない。

肩で息をして疲労は半端じゃなかった。

ここで打ち勝たないと目の病気を押してまで何のために今まで練習して来たのか?

ゴングが鳴った。

またもや相手の猛攻。

こいつはたいがいタフだ。

ガードで固めつつ渾身の力を込めて打ち返す。

またロープに詰められ意識がフッと遠くなる。

 

オレ一体何のためにこんな辛い事をやってるんやろ?

ふとそんな考えが頭の片隅をよぎった。

小学生の時、運動場の片隅にあった砂場での風景がよみがえった。

小学生の僕はクラスメイト数人に囲まれて後ろから羽交い絞めにされている。

「やめてよ!」多勢に無勢で仕方なく僕は泣きながらそう言うしかなかった。

その姿を見て更に調子に乗ったそいつらは履いていた靴を無理矢理脱がせて砂場の砂の中に埋め、一人がおどけながらその上に小便を引掛けた。それを見るしかなかった僕は血の涙を流すしか術がなかった・・・

 

「ぶっ飛ばしてやる、いつかこいつらを叩きのめしてやる・・・」

 

「負けて・・・負けてたまるかぁぁーーーっ!!」

 

もう一度中央に押し返して激しく殴り合った。

相手の疲れも感じた。同時にこちらも疲れている。

でもパンチを打ち続けた。

ぶっ倒してやる!

作戦などとうに頭の中には存在しない。

ただ足を止めて殴り続けた。

 

ほどなく終了のゴングがなった。

終わった・・・決め手には欠けたがフルラウンド手を出し続けた。

・・・

でも自分が練習して来た事は遂に出せなかった。

最後まで手を出し続けたが勝利の女神はどちらに微笑むのだろう?

実感としては負けている、そう感じてジャッジの集計をリング中央で待っていた。

 

やはり手が上がったのは相手の方だった。

四方に一礼をして最後に相手のコーナーに挨拶に行った。

 

「パンチが強くてもうダメかと思いましたわ」

 

勝利を喜びつつ顔をクシャクシャにして対戦相手がそう言った。

やはり効いていたのだ。

僕は自分を信じ切れる事が出来なかったのだ。

そしてやろうと思っていた事が何一つ出来なかった。

 

「ようやった!良い試合やったぞ!」

 

観客席からそんな労いの言葉が飛んだのを覚えている。

でも負けたのだ。

負けて声援なんかやめてくれ!

そんなもん要らんのじゃっ!!

 

 

「太郎さんの悪い部分が出たなぁ」

とは観客席で見ていたKトレーナーの言葉。

この数か月、飲まず食わずで減量しつつただ一勝するためだけに手を抜かずにやってきた。

準備の終盤では手応えもあった。

必ず勝つと強い気持ちで臨んだ。

でも僕は最後の最後で自分を信じ切れなかったのだろう・・・

 

夕暮れの姫路手柄山公園は他の競技も全て終わり闘い終わった寂寥感と言うのだろうか、一種独特の雰囲気に包まれていた。

勝った者は意気揚々と、負けた者は悔しさと後悔を抱えながらそれぞれ帰途に着くのだ。

もちろん僕は後者だった。

同じく敗戦した関取と応援に来てくれた大魔神と一緒に大阪に向かった。

そして梅田で通夜のような慰労会をする事にした。

試合後には酒は飲んではいけないのだが構わず飲んだ。

やるせない気持ちで飲まずにはいられなかったからだ。

勝てない相手ではなかった。

いや、むしろ勝てる相手だった。

なぜ相手のペースに乗って足を止めて打ち合いに応じてしまったのか?

途中相手が疲れて来た実感があったので、それまでガードを固めて相手のペースダウンを待って反撃に転じれば十分勝算はあったのだ。

一体今まで苦しい思いをして何をやって来たんだ!?

酔えば酔うほど同じ後悔の念がグルグル頭の中を巡った。

 

陰気な慰労会にも飽きてそろそろ帰ろうか、と言う事になり、僕らはそこで別れた。

地下鉄は大魔神と一緒に乗り、試合の感想などをまたグジグジとどちらからともなく切り出した。

気付けば僕は周囲に大勢の乗客がいるにも関わらずシャドウを始めていた。

ステップを踏み、ワンツー、ワンツーフック、ワンツー左ボディ左フック、バックステップして更にワンツー、ウィービングを入れて更にフック・・・

仁王立ちした大魔神のコンビネーションの指示通り僕は乗客が奇異な目でこちらを遠巻きに伺うのも気にせず到着駅までシャドウを続けた・・・

 

 

試合が終了したのに僕はまだ未練タラタラで会社から帰ったら近所をランニングしてシャドウをし、休みの日もロープを跳んだりしていた。

勝つと言う目標を失ってこれから何をして良いのか分からなかった。

お世話になった谷九のジムは辞め、Oトレーナーのジムに移籍して依然としてジムにも通い、まだマスボクシングや時にはスパーリングもしていた。

そして皮肉な事に試合が終わったその頃から僕は実戦の勘を掴んで上り調子になって来た。

しかしもう遅い。

目の疾患がある以上この先はないのだ。

試合に出ると決めてハードトレーニングを開始して3年が経っていた。

戦績は5戦0勝5敗。

惜しい試合もあったが遂に目指していた1勝に手が届く事なく、次第に僕はボクシングから遠ざかるようになった。

全ては終わったのだ・・・

 

旅の終焉

それから数年経った。

かつて拳を交えてしのぎを削ったジムメイト達とも次第に疎遠になって行った。

ある人は転勤で遠くに転居し、またある人は違う趣味に鞍替えした。

もちろんずっとボクシングを続けている人もいた。

そんな時、かつて犬猿の中だったトニーが主催するボクシング同好会を訪問する事になった。

トニーは僕の思い込みでずっと誤解していたのだが、周囲の噂を総合するとどうやら自分の偏見だった様なので連絡を取ってその非礼を詫びた。

それがきっかけで彼が主催している同好会に来ませんかと誘いを受けたのだ。

 

トニーが同好会を始めたきっかけは、トレーナーをしていた谷九のジムでやはり誤解を受けて放逐されたからだ。

つくづく誤解を受けやすい男だ。

それなら自分がやってみようと言う事で、有志を集めて月2~3回大阪市内で練習を続けており、誘われた時は既に2年くらい経過していた。

 

向かった先は大阪市内の下町。

かつて3兄弟を世界チャンピオンに育て上げつつ世間から大バッシングを浴びた父親が運営しているジムだ。

ジムの練習時間の空いた時間帯を借りて練習しているとの事だった。

やぁやぁと暖かく出迎えてくれたトニー会長に挨拶をしてかつての非礼を詫びた。

彼は気にせんといてと笑いながら太郎さんの技術を教えてやってよと言い、久々にグラブを付けてサンドバッグを叩いたりした。

 

マスボクシングやミットを数ラウンドこなすと途端に息が上がってしまった。

かつてあれだけ休みなく動いていたのが嘘のようにボクシングに関する持久力は落ちていた。

やれやれ、とかつてはインターバルでも絶対に腰掛ける事などしなかったのだが、よっこいしょと近くにあった椅子に腰掛けた。

もう終わったんだから良いよね。

一息ついて周囲を見渡すと、僕の横で一人のオッサンがサンドバッグを一心不乱に叩いていた。

体を入れ替えたり、頭を振ってはパンチを繰り出す。

なかなか良い動きだった。

歳は僕と同じくらいだろう。

インターバルになったので

「なかなか良い動きですねぇ」と声を掛けたら、「はい、先日スパー大会で勝利しまして、もっと強くなりたいんです」と返事が返ってきた。

 

僕は何も考えず「すごいなぁ」と感心したその時、ハッと我に返った。

その瞬間、はっきりと僕の中でボクシング人生は終わったと理解した。

ボクシングへのモチベーションを支えるのは闘争心だと僕は思っている。

つまり誰にも負けたくないと言う気持ちだ。

以前ならこんな事を言われたものなら、たちまち激しい嫉妬と闘争心が燃え上がり、こいつ以上の練習をして俺が叩きのめしてやる!と思ったはずだ。

またそう言う気持ちがなければボクシングはやってられないとも思う。

でも僕はその時素直にその人をすごいなと感じ入ってしまった。

長らくボクシングに対して未練や後悔がくすぶっていたのだが、どうやらそれも終わりのようだった。

その日を境に僕は完全にボクシングへの思いを捨て、折角誘ってくれたトニー会長に感謝しつつも同好会へ行く事もそれっきりなくなった。

僕の長い旅はようやく終わったのだ。

 

さよならボクシング・・・

 

 

エピローグ

大会1日目が終了して僕はかなり苦戦していた。

120人ほどエントリーした中で僕の順位は100位少し、3度目の出場で今年は大幅にランクアップして30位台を目標としていたのだが現実はそう甘くなかった。

1月下旬、2018年度大阪府スキー技術選手権大会が開催されている兵庫県のとあるスキー場の宿で僕は大会一日目の速報を眺めて途方に暮れていた。

 

ボクシングから学生時代打ち込んでいたスキーに偶然誘われ舞い戻って既に5年が経過していた。

最初は遊びのつもりで再開したスキーだったが、どうしても勝負の世界に踏み入れるのは僕の性分なのだろう。

3年前からスキークラブに所属して基礎スキーの大会に出るようになったのだ。

学生時代からスキーの性能も滑りも変わりそれに追いつくのに悪戦苦闘している。

でも何かにのめり込むのが好きなのだろう。

 

「太郎さん、あのスタートは何ですか?周囲から危ない!って言われてましたよ(笑)」と若いクラブの仲間のタンメンからおっかなびっくりスタートを切った様子をからかわれる。

「太郎さん、今年に懸ける思いはすごいですけど、絶不調ですねぇ」呆れるクラブのエース。

「でも私は懸命に努力しても報われない太郎ちゃんが好きやわぁ~いつまでもそのままでいてな(笑笑)」と人の琴線に触れる事を情け容赦なく言い放ってガハハと笑うリカコ先輩。

「うるさいわっ!絶不調ながら僕も頑張っとんねん!」

と言い返すものの確かに結果が結果なので語気がどうしても弱くなる僕。

 

その日の大会の模様をビデオチェックしながら酒を飲みながらの光景だ。

みんなから突っ込まれて、グラスを傾けつつ

「結局相手が人だろうがゲレンデの斜面だろうが実は対峙しているのは自分自身なんだよね・・・」

そうなのだ。

僕がボクシングで学んだ事は結局これ。

目の前には対戦するボクサーがいる。

でもそれは確かに他人なのだけれども、自分自身の心の中を投影しているに過ぎない。

人を殴る技術はサンドバッグやミット打ちでいくらでも磨ける。

でも自分の心理状態を相手に投影すれば対峙する相手は小さくも大きくもなるものだ。

ひとつ乗り越えればまた大きな壁が現れる。

相手を通して自分自身を見つめる事が格闘技の本意なんじゃないだろうか。

試合で使うコートも同じだなぁ・・・

その時の心理状態で急斜面にも緩斜面にも見える。

結局乗り越えるべきは自分自身なんだ。

 

「な~にを分かったような事言ってるのよ!それより明日はもっと頑張りや~もう後ないで ケケケ!」

 

「分かってますよ!うるさいなぁ!」

タジタジとなりつつ僕はグラスのビールを一気に飲み干した。

 

おわり

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